exhibitions

  • current
  • upcomming
  • past

2009年5月18日(月)−6月6日(土)

ギャラリーメスタージャ企画展
鷲見和紀郎 作品展「波打ち際」

プレスリリース  略歴

「シネマの為に」0993
 
CBZ 2008 CBZ 2008 ダンスの為に 2002 / ナルキッソスの為に 2005
 

展示内容:
タブロー9点、ワックスを使った平面作品5点、ラージサイズドローイング2点、ブロンズ小品4点を展示予定



プレスリリース

鷲見和紀郎は、1970年代初頭から現在まで主にブロンズやワックスを素材にしながら立体作品を作り続けている作家です。6メートルにも及ぶ巨大なブロンズ作品から、ブロンズや真鍮を削って作る滑らかな曲線を持った掌に収まるほどの小品まで、「彫刻とは表面である」と作家自身が言うように、その表現はある時は素材の重々しさを際立たせ、ある時は羽根よりも軽やかに、モノの肌理を露にさせることでわれわれの視覚を捉えます。ま たブロンズを人の皮膚のような薄さとして起立させて自立した存在を提示したり、ブロンズ鋳造の工程で使われるワックスを素材にした作品では、壁に這うようにあるいは平行に、溶かしたワックスをやはり皮膜のように薄く刷毛による塗りの痕跡を残しながら固めたインスタレーションを展開してきました。

このような立体作品と並行して鷲見は、ドローイングや、油絵具・ワックスなどを使用した平面作品も数多く手がけてきました。その仕事を俯瞰すれば、作家にとって立体と平面の制作は同時進行で表裏一体の行為であるといえるでしょう。

今回の展覧会では、彫刻の仕事と並行して進めてきた平面の未発表作品を中心に、90年代から08年までのタブロー、ワックスを使った平面作品、ラージサイズドローイングに加えブロンズの小品も展示いたします。

「波打ち際」とは彫刻と絵画の、出現と消滅のはざまの場所のことであり、鷲見の立ち位置のことでもあります。鷲見作品の様々な要素をご高覧いただければ幸いです。




作者略歴

1950 岐阜県岐阜市 に生まれる
1969 京都関西美術院研究所に入所
1970 名古屋芸術大学彫刻科入学(翌年中退)
1971 横浜 富士見町 アトリエBゼミ入所
1972 三木富雄のアシスタントを務める
Bゼミ修了
1982 Bゼミ講師着任(2000年まで)
1986-87 フランス文化省の招聘により、エクス=アン=プロヴァンスに滞在
1999-00 文化庁特別派遣芸術家在外研究員としてリヨンに滞在
2002 和光大学非常勤講師に着任(2009年まで)

個 展 

1972  ギン画廊(東京)
1973 「STAY」田村画廊(東京)
1974  ときわ画廊(東京)
1977  村松画廊(東京)
1981 「WALLS&BRIDGES」銀座絵画館(東京)
1982 「ZONE」ギャラリー手(東京)
「WALLS&BRIDGES Ⅱ」ギャラリーホワイトアート(東京)
1983 「彫刻とドローイング1978-83」画廊・匠屋(岐阜)
1984 「STOLICHNAYA」村松画廊・ギャラリー手(いずれも東京)
「ブロンズ彫刻とドローイング」ギャラリーK&M(岐阜)
1985 「Partita」エスェズギャラリー(現島田画廊)(東京)
1986  秋山画廊(東京)
1987   コンセプトスペース(渋川・群馬)
1988  秋山画廊(東京)
1989 「クレッセント」エスェズギャラリー(東京)
1991 「ワックス ドローイング・スカルプチュアー」
 ギャラリートモス、ギャラリー砂翁(いずれも東京)
「Wax Works」秋山画廊(東京)
「GRAVITY」島田画廊(東京)
1993  島田画廊(東京)
1994 「THE VEIL」ギャルリー・ところ(東京)
1995 「Wax Works」秋山画廊(東京)
1997 「〈さまざまな眼〉86 鷲見和紀郎展 アラベスク」かわさきIBM市民文化ギャラリー
1999 「フズリナ」島田画廊(東京)
2001 「フズリナ2」島田画廊(東京)
2002 「ダンス」タグチファインアート(東京)
2003 「ORDET」島田画廊(東京)
「素描」タグチファインアート(東京)
2004 「鷲見和紀郎−重力の為のパヴァーヌ」
 府中市 美術館市民ギャラリー(東京)
2006 「ナルキッソス」タグチファインアート(東京)
2008 「yukel」島田画廊(東京)
2009 「波打ち際」ギャラリーメスタージャ(東京)

グループ展他

1970 「ぱられる展」河原町ギャラリー(京都)
1976 「京都アンデパンダン展」 京都市 美術館
「うごくとうつぞ」名古屋短歌会館
 ロックミュージカル「HAIR」京都西部講堂公演に参加
1972 「Bゼミ展」 横浜市 民ギャラリー(以後75年まで毎回出品)
1975 「○△□展」神奈川県民ホールギャラリー
1976 「第12回今日の作家展:今日の空間展」 横浜市 民ギャラリー
1978 「第12回日本国際美術展」東京都美術館
1979 「スペース'79」 横浜市 民ギャラリー
「現代美術'79展」現代芸術研究室(東京)
1982 「アートシンポジウム茨城」茨城県民文化センターギャラリーに参加(水戸・茨城)
1985 「'85 岐阜現況展 戦後生まれの作家たち〈立体部門〉」岐阜県美術館
「間―眞板雅文・古渡章・鷲見和紀郎」秋山画廊(東京)
「秋山画廊'85」
「オムニバス'85」エスェズギャラリー(東京)
1986 「'86 岐阜現況展 戦後生まれの作家たち〈平面部門〉」岐阜県美術館
「7人の作家による小品展」秋山画廊(東京)
1987 「日本芸術祭 日本の過去と現在」ヴィエイユ・シャリテ・センター(マルセイユ・フランス)
「3人展―矢野・池ヶ谷・鷲見」ギャラリー・パッサージュ(トロワ・フランス)
「共相展」彩林画廊(横浜)
「新しい彫刻」ポルト・ド・オーステルリッツ(パリ・フランス)
1988 「Mono Sexual Exhibition」ギャラリーホワイトアート(東京)
「Live」佐賀町エキジビットスペース(東京)
「7人の作家による小品展」秋山画廊(東京)
1989  劇団ホモフィクタス公演会場(草月ホール・東京)ロビーに作品を展示
「日本の現代美術」エスパス・ヌーヴェル(カルカソンヌ・フランス)
「暮らしのなかの現代美術展」ギャラリーホワイトアート(東京)
1990 「Façdes Imaginaires」サン・ルイ聖堂(グルノーブル・フランス)
1992 「ART IN BOXES」ギャラリーホワイトアート(東京)
「HARUKI Collection:Selected Works from HC」SOKO TOKYO GALLERY(東京)
1992-93 「現代美術への視点―形象のはざまに」東京国立近代美術館;国立国際美術館
1994 「サントリー美術館大賞展'94:挑むかたち」サントリー美術館(東京)
1994-95 「光と影 うつろいの詩学」 広島市 現代美術館
1995  岐阜市 内に野外彫刻『cascade』が設置される
「視ることのアレゴリー1995:絵画・彫刻の現在」セゾン美術館(東京)
「ブロンズ」島田画廊(東京)
1996 「Arcos da Lapa」に参加(リオ・デ・ジャネイロ・ブラジル)
1998  ホモフィクタス舞踏オペラ「惜しみなく愛は奪ふ」東京グローブ座のロビーに作品を展示
1999 「蠱惑の赤」島田画廊(東京)
「第18回現代彫刻展:爽(湖とモニュマン)」 宇部市 野外彫刻美術館(山口)
2000 「アート・トゥデイ 2000 PREVIEW」セゾンアートプログラム・ギャラリー(東京)
「ART TODAY 2000:3つの回顧から 伊藤誠、川島清、鷲見和紀郎」セゾン現代美術館(軽井沢・長野)
2001 「ホワイトアート2001展」トキ・アートスペース(東京)
「椿会展 2001」資生堂ギャラリー(東京)(以後05年まで毎回出品)
2002 「かたちの所以」 佐倉市 立美術館(千葉)
2003  第5次椿会作品展」資生堂アートハウス(掛川)
「11人の彫刻」盛岡クリスタル画廊(岩手)
 SUMI SEMI PROJECT-1「位相―大地 再制作 2003」和光大学(東京)を企画
2004  SUMI SEMI PROJECT-2「ドロッピング・イベント2004」和光大学(東京)を企画
 SUMI SEMI PROJECT-3「ツインタワープラン」和光大学(東京)を企画
2005 「常設展示」島田画廊(東京)
 SUMI SEMI PROJECT-4「Wall to Fall 榎倉康二の壁より」和光大学(東京)を企画
2006 「表現から表現へⅡ 田中信太郎+鷲見和紀郎」ヨコハマポートサイドギャラリー
 SUMI SEMI PROJECT-5「ピンホール・ルーム2006 山中伸夫なんて知らないよ」和光大学(東京)を企画
2007 「今日の作家Ⅺ 鷲見和紀郎・畠山直哉 鷲見和紀郎―光の回廊」神奈川県立近代美術館(鎌倉)
 SUMI SEMI PROJECT-6「ペノーネの方へ」和光大学(東京)を企画
2008  SUMI SEMI PROJECT-7「記憶の耳 ― 三木富雄没後30年 ― 」和光大学(東京)を企画
2009 「PHILOSOPHIAE NATURALIS PRINCIPIA ARTIFICIOSA」
自然哲学としての芸術原理 東京アートミュージアム


パブリックコレクション

東京国立近代美術館
資生堂アートハウス
府中市美術館
岐阜市
神奈川県立近代美術館
佐久市立近代美術館
豊田市美術館


皮膜、あるいは実体の不在

外久保恵子


皮膜。これは鷲見が自身の作品について発するいくつかの言葉のうちのひとつである。薄いブロンズ、透けて見えるほどの。また鷲見は、ワックスを使って巨大な立体や壁をつくる。熱で溶かしたワックスを、刷毛を使い、塗り固めていく。薄いワックス。支えがなければ、いつもろく崩れ去ってもおかしくないのだ。

宙に吊られる心もとなさと、皮膜としてのもろさを「かたち」にすること。それはひとの思考や概念を拒否するものとしての「かたち」である。ぶらさげられたブロンズの塊は微かな振動であちらこちらへと揺れ動くであろう。立てられた皮膜も僅かな圧力でもろく崩れおちるだろう。それは見る者にとってことば以前のきざしとして享受される。それは筋道のない鷲見の「手」の思考によ ってつくられる。「手」が、「肉体」が、絶え間なく動く。そしてそれはそれ以上でもそれ以下でもない。

皮膜はキャンバスにもつくられる。深層のない皮膜。ある一定の方向性を持つ言葉=意味があるひとつの目的地に到達することに抗う皮膜、表層。われわれはそれを前に立ちどまり、やがてほかに視線を移し、そしてまたその前にもどる、という行為を繰り返す。その行為によって目の前に現れたモノは、何かを契機に 意識の上層へと押しやられ、またほかの契機によって下層へと沈み込む。そして目の前のモノと言葉が整合性を持ったとき、それは深い記憶の闇へ追いやられるが、どうしてもそれが持てないとき、ひとは冷静さを欠いたままキャンバスの前をいきつもどりつするほかはない。あるいは記憶の中でさえも。

視点をさだめることが困難な対象物。ひとは目の前のモノを「見て・了解する」ことで、己と世界との関係に対して「確信」を得ようとするのだ。しかし関係はその都度発生する磁力のようなものであり、実体を伴うものではない。その、関係という私と世界の境界は常に砂と波のように、ゆらめきうつろうありさま である。そのありさまを実体化しようとしてさまよう視線。それはどこまでもさまようしかないのだろうか?キャンバスの縁を超えても、求める「確信」はいつまでたっても掴むことはできないのだろうか?そうではなくこう言ったらいいのだろうか、求めているかもしれない「確信」をあえて踏みはずす、その過程こそがつくる行 為なのだと。もしくはつくる行為自体が必然的に世界を踏みはずすことではないかと。それは、

 「奇妙な隷属状態に反すること」であり、問題は ―中略― つねに螺旋を描いて、中心部がぽっかり空いているところに身を置き続ける勇気があるかどうかなのだ。(魔法の石板 ジョルジュ・ペロスの方へ/堀江敏幸 青土社2003)

関係は関係として次のモノとの関係の契機となるほかはない。

作家の身体を通過した、よりどころのないモノ。それはわれわれの目の前に「ある」ことによって、そしてそれ自体の力によって、逆説的に圧倒的な「よりどころのなさ」を現出させる。

 「―そもそも存在自体が反自然的な人間であらばこそ、自然に向き合う為には能うかぎり人工のモノを 作りださねば示しがつかない ―中略― 重力によって 形づくられた世界にスックと立つモノを、歴史の流れの外にフワリと浮かんでいるモノを作ること」(鷲見)(SOMETHING ELSEⅠ/ハルキ 1991)

鷲見がつくりだしたモノにおいて、その「よりどころのなさ」は、ある「隠された背後にあるもの」を表象するためのアトモスフェアとして利用されるのではなく、表層として、素材として、手および身体の痕跡として、まさに異物として世界の波打ち際に、その姿を現す。

*鷲見が参加したPHILOSOPHIAE NATURALIS PRINCIPIA ARTIFICIOSA 自然哲学としての芸術原理 2009年1月17日−6月21日 東京アートミュージアム において(鷲見展は1月17日―2月9日まで開催された)、キャンバスにワックスを塗った平面作品数点と、ブロンズとゴムの塊に赤い絵具を混ぜたワックスをほぼ全体に塗布し、さらにそれをワイヤーで天井から宙吊りにしたものが2点、他にブロンズの小品が出品されていた。どれもいままでの鷲見の作品を延長、さらに発展させたものだが、なかでもブロンズあるいはゴムの塊 を「宙吊り」にしたものはいままでになかった展示方法である。

PHILOSOPHIAE NATURALIS PRINCIPIA ARTIFICIOSA